ガラスの修理をDIYでできるようになればいいと思う

最近ではいろいろなDIYグッズが出回り、建物の補修も素人の手で行えるものが増えてきた。しかし、ガラスの修理はいまだに敷居が高い。壁床天井はかなり本格的に補修することができるのに、ガラスの修理はうまく行かない。中途半端に行うと危険でもある。ガラスと言う素材や見た目のせいなのであろうが、ちょっとしたヒビや欠けたりしたのを自分で修理できたらもっと便利になると思うのだ。
大切なものは、なんだって我が家の中にあるものですね。自分の物、家族の物、自分自身に、家族自身に、大切なモノは、我が家の中にありますね。だからこそそういった物を守ることの出来る、鍵の交換は大切ですね。というよりも、今の時代のピッキング技術を考えたなら、鍵の交換でしか、守ることができないものが多いです。
 球団の垣根を越え、敵将、そして球団トップの賛成が集まった。東日本大震災の被災地と被災者を支援する復興チャリティー試合の創設、継続開催の必要性を訴えた中日・落合監督の1日の提案に対して2日、各球団が機敏に反応し、賛同の輪が一気に広がった。
 「開催する時期にもよるけど、いいことだと思う。1年で終わっちゃいけない。オチもたまにはいいこと言うなぁ」と、被災地の宮城県に本拠地を構える楽天・星野監督。野球人として、被災者の目線に立ったオレ流指揮官の声を評価した。
 落合監督と同い年の日本ハム・梨田監督も同調した。「オレは落合の言うことには基本的に賛成。いい意見を持ってる。復興のための試合があってもいい。復興には10年以上かかると言われてるし」とした。
 同・島田球団代表も、「いいんじゃないでしょうか。もし、スポンサーを付けないにしても、12球団が持ち寄りでやれば十分できる。選手も無償ということでも出てくれるでしょう」と、運営資金を球団から拠出しても、実現すべき試合であるとの見解を示した。
 急速に広がりゆく支援と賛意の輪。「オレの意見がこれからどういう形になろうとも、みんなが被災地のことを忘れずに思い続けることが大事なんだよ」と落合監督。被災者と被災地の1日も早い復興を手助けするプランの実現へ、オレ流指揮官は協力を惜しまない。

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 「日本ハム2‐3ロッテ」(2日、札幌ド)
 白星はつかなかったが、これまでで一番といっていい手応えをつかんだ。同点の六回2死一、三塁。しっくりと来た138キロの直球が里崎のバットを差し込んだ。力のない右邪飛でチェンジ。苦しみながらも6回無失点。グラブをポンとたたいた日本ハム・斎藤佑の姿に充実感がにじんだ。
 立ち上がりからボールが先行。打者有利のカウントを作りながらも粘りに粘った。「自分の中での手応えは良かったですね」と歯切れはいい。5四球を出したことには「見たとおり」と反省したが、それ以上に球への指のかかりが良かったことを強調した。
 一回2死一、二塁では福浦を内角の直球で見逃し三振。五回2死一、二塁でも井口をツーシームで遊ゴロ。要所を直球系でしのいだ。打たれた安打は4本。「すごくいい投手と知っていたので、小差になると思っていた。勝つためには投げ勝たないといけない」と感じていた成瀬との投げ合いで負けなかった。
 強打者を相手に、球宴では2試合に登板し2回2/3を無失点で「自信になった」という。この日も「0」を並べた。「プロではやっぱり真っすぐを投げなくてはいけないという環境に自分が対応できた。体力ももちろん上がった」と甲子園で優勝した“夏男”は語る。
 ひそかに狙っている新人王の座へも弾みがついた後半戦初登板。チームは今季初の4連敗を喫したが、佑ちゃんの“覚せい”は大きな収穫だ。

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 第93回全国高校野球選手権大会の出場校による甲子園練習第3日が2日、同球場で行われた。東日本大震災の被災県から花巻東(岩手)、古川工(宮城)、聖光学院(福島)の3校が登場。2年ぶり6度目の出場となる花巻東は津波で自宅を流され、肉親が行方不明のままの部員も参加して、守備練習などで汗を流した。組み合わせ抽選会は3日、大阪市内で行われ、3回戦までの組み合わせが決まる。
  ◇  ◇
 津波の被害を受けた岩手・大槌町出身の花巻東・佐々木隆貴捕手(2年)は、地方大会では背番号12ながら主力捕手として出場。初めて甲子園の土を踏み、「岩手の代表として元気や感動を与えられるようにしたい」と決意を語った。
 震災翌日、佐々木監督に連れられて、沿岸部に実家がある選手数人とともにバスで家族の安否確認に向かった。両親には直接会えなかったが知人を通じて無事を確認。しかし、祖父母は今も行方不明のままだ。同校では3人の部員が震災で家族を亡くした。
 一時は学校をやめて働くことを考えたという佐々木隆だが「母に『野球で元気を与えられるように頑張りなさい』と言われて思い直した」と明かした。仮設住宅で暮らす両親と祖父母への思いを込めて、全力プレーを見せるつもりだ。

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