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◇家族や知人がトモダチ作戦
自衛隊と一体となって東日本大震災の被災地支援に当たる米軍の家族も、独自の救援活動に奔走している。米海軍横須賀基地の家族らが集めた救援物資は、キリスト教関係者のトラックや基地所属の艦船などで被災地に続々と運ばれている。【田中義宏、写真も】
地震や津波、福島第1原発事故を受けて米軍が「トモダチ作戦」を展開するや、軍人家族らも「自分たちなりに何かできないか」と支援を本格化させた。日本人従業員らが被災地の親類、知人らに不足物資を問い合わせ、基地住民に提供を呼びかけているという。
住民らは古着を供出したり、基地内のスーパーで日本製の物資などを購入。店にある備え付けの箱や住宅棟集会所で集めている。
各集会所では、古着を詰めた袋が山積みになっているほか、新品の衣類や食品、生活雑貨などが選別されて保管されている。仕分け作業をしていた軍人家族の女性は「空輸するので重さを量る必要もある」と作業に追われていた。
横須賀基地からトラックなどで輸送しているのが、家庭礼拝を推進するプロテスタントのグループ「ハウス・チャーチ・ネットワーク」の宣教師、ミラード・ジョウィーさん(31)=西東京市。震災2日後から被災地と首都圏を何度も往復し、計約25トンを届けたという。知人がいる横須賀の活動も知って参加するようになった。
今月2日も軍人家族の協力でトラック荷台の天井いっぱいに物資を積み込み、宮城県石巻市に向かった。ジョウィーさんは「不足している場所と足りている場所に差があり、どこに何が必要かという情報収集が重要です」と話していた。
4月6日朝刊
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東日本大震災の後、計画停電やガソリン不足で日常の足として自転車が見直され、県内の多くの自転車店で通常の倍以上の台数が売れている。盗難の増加も危惧されるため、県警は対策の強化を始めた。【高橋直純、写真も】
県自転車防犯協会会長の河本博文さん(59)が経営する「じてんしゃ102かわもと」(横浜市中区)は震災直後から来店者が増え、河本さんは「通常より3倍ほど売れた」と話す。他の協会加盟店も同様の傾向で、自転車量販店「サイクルベースあさひ」港北富士見が丘店(都筑区)では、震災前の週約100台の販売ペースが震災後は2・5倍となり、好調な売れ行きが続いたという。
震災当日は多くの鉄道路線が運転を見合わせ、買ってそのまま帰宅する人が多かった。その後もガソリン不足が続いたことや、災害で道路が渋滞した際の移動手段として都市部の住民が購入しているとみられる。
ただ、県警は自転車に絡む犯罪が増加する可能性があるとして警戒している。県警生活安全総務課によると、自転車を狙ったひったくりや盗難の増加が予想され、購入者への注意喚起を進めている。
河本さんも来店客には「鍵を二重にするなど少しの工夫で盗難は防げる。せっかく買ったなら長く愛用してほしい」と呼び掛け続けている。
4月6日朝刊
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横浜市磯子区の「たきがしら会館」に避難していた福島県いわき市の関根玲子さん(46)の長女、愛莉ちゃん(6)が、転居先から近い青葉区の市立恩田小学校に転入し5日、入学式を迎えた。住民から寄付されたランドセルを背負い、横浜で新しい生活を送る。
関根さん一家は福島第1原発の事故で先月24日から同会館で暮らしていた。
会館に避難していた3世帯に小学校に入る児童がいるが、今月初め、付近住民が「ランドセルがないのは可哀そう」と全員分を用意した。
「いわきの友達が周りにいない」と不安がっていた愛莉ちゃんも好きなピンクのランドセルを贈られ満足そうだった。関根さんは「たくさんの好意に支えられた避難所暮らしだった。いつかは福島に帰りたい」と話した。【宗岡敬介、写真も】
4月6日朝刊
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